つぶやき

2017年4月16日 (日)

廃材で作ったガーデン作業台

 春である。

 

  女房とウォーキングに行く公園の桜は満開である。歩道にはアブラナ科の黄色い花が咲き乱れ美しい。優待を持っているので帰りにマック、ガストや夢庵で昼食を済ませて帰ることも多い。

 

Photo
 毎年、俺の畑スペースでも収穫遅れのアブラナ科の黄色い花が咲き誇っていた。でも、今年はブロッコリーの花だけである。栽培量を抑えたからである。

 

 収穫の端境期の春先はブロッコリーの側花蕾は貴重な野菜である。花を咲かせてしまった花蕾は固いのでそれは収穫しない。

 

 ブロッコリー足元の葉物野菜はキャベツである。特別なキャベツではない。春キャベツの結球部分をはさみで収穫して下部はそのままにしておけば切り口から柔らかい葉が出てくる。それも収穫した。

 

Photo_2

 作業台で仮洗いをしている。収穫した野菜は不要部分をはさみで切り取り、水を満たしたバケツに入れ、虫や泥汚れを除いている。最後にカゴに移し、ホースで軽く洗浄する。こうすれば女房も本洗浄して料理しやすい。

 

 この作業台はキッチン棚や飾り棚、温室で使えなかった廃材を利用して室外機上のデッドスペースに作った。上板が短かったのでつなぎ目に横方向に板をサポートしてつなげている。下にはホース置き場にした。余ったネットで家庭菜園作業でよく使う機材も取り付けた。

 

Photo_3

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | トラックバック (0)

2016年7月23日 (土)

長すぎるナス

 苗を購入したのでナスは6月下旬から収穫が始まっている。品種は「飛天長」と初めて栽培する「黒福」である。長年、「飛天長」はタネから栽培している。これだ「ナス」である。

 

 大通り沿いの畑スペースで片付けをしていたら、通り過ぎたオヤジが引き返してきて「それ、長ナスか」と俺に声をかけてきたのだ。夕方で家に入ろうとしていたので簡単に返事をして済まそうとしたら、真意が分からない質問を次から次へと繰り出してきたのである。俺より年上のオヤジの話を聞き、失礼のないように答えることにした。

 

 整理するとオヤジは剪定はしたくはないので、長ナスの接ぎ木苗を初めて栽培したらしい。俺の長ナスがたわわになっている光景を見たので声をかけてきたみたいだ。オヤジの長ナスはできていない。剪定しなくて済むと思った理由は、よく通る道の農家が剪定をしていないという自分の観察から導き出されたものだった。その栽培していたナスは「長ナス」であたので、長ナスは選定しなくていいナスと確信したようだ。

 

Photo
 俺は以前「秋ナスの剪定はしない」というブログを書いた。前提条件で剪定の有無を決めていると書いた。今でも人気で延5000アクセスぐらいある。それを説明しようとしたがやめた。

 

 病害虫もない、連作障害もない、日当たり、栽培法も問題ないと言い切る信念の人には肩書のない俺は無力なのである。俺の経験では団塊世代のオヤジたちは競争が激しい環境で育った影響でその下の世代よりプライドが高く、素直に人の話を聞かない人達が多い。

 

 俺のナスより成長が遅れているだけだと結論に至ったが「苗が悪かったんですね」と同情を示すだけにとどめた。俺の優位性を示すとつまらない争いになる。じきに自分で気づくだろう。俺は解放され、ようやく家に入ることを許された。

 

 俺がこのオヤジに神対応しているのは町内会の班長をしているからだ。俺には来年、270軒を束ねる本部役員の役職に就く、レールが引かれている。レールと言っても政治家や大物芸能人の子息に用意されているものとは違う。

 

 高齢化が進んだ町内会では新参者がトップに立って町内会の雑用やクレーム処理をしなければならないのである。その想定練習を無役のオヤジにしたのだ。

 

 サラリーマン社会では社長が平社員の雑用や、機嫌を取ることはない。ところが無償ボランティアの世界では会長等の役職者が実務をこなさなければならないのである。会社で肩書だけが頼りで命令する人はボランティアでは使えないと言われるゆえんでもある。

 

 Photo_2
 俺とオヤジのやり取りを女房が帰省した長女に収穫したナスを前に話した。そのナスを見た長女は長すぎるナスと言っていった。長ナスと俺は訂正したが彼女にはどうでもいい話だ。今回の帰省の目的は優待で取った美味しいマグロを食べることにあった。

 

 前回も帰省のときに合わせてアトム(株)の優待マグロを手配した。ところが彼女の到着前に冷蔵庫が壊れ、食べれずじまいであった。今回は年休を後ろにつけて万全を期してマグロの到着を待った。マグロは年休日に到着し、彼女の要望でその日に全部食べることになった。2回にすると彼女が食べれないとの計算があると見た。

 

Photo_3

 目的を果たした彼女はキュウリ1本と人気がある長すぎるナス3本とミニトマトを持って帰った。キュウリを5本ほど持って帰ってくれと交渉したが残念ながら無理であった。

 

  次回の帰省に合わせて彼女は優待マグロを注文する日を我が家のカレンダーに書き込んでいった。昨日の注文日にも確認ラインが来た。俺は彼女の要求を苦も無くこなした。

 

 肩書はないが、俺は実務が出来る。俺は頼りになる男なのか。それとも便利なだけの男なのか。「幸せは自分の心が決めるもの」と考えるようにしている。

 

 次回の帰省では長女には貴重になるキュウリは持たせず、収穫のピークを迎えるナスを10本以上持たせるぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

|

2016年7月17日 (日)

ブログ再開と倒れない支柱の進化

 ブログは休んでいたが、家庭菜園とガーデニングは励んでいた。お陰で腰痛で動けない日が数日続いた。頑張るとすぐにあちらこちらで支障をきたす。楽しみは無理をしないのが長く続けるコツであると誰かが言っていた。

 

 タネから果菜類を育てるのが自慢の俺だったが今年からサカタのタネの9種セットを買うことにした。同居する家族が減り、食べてくれる人が少なくなったので多くの苗を必要としなくなったのである。

 

接ぎ木苗ではなく、自根苗を選んだのはキュウリの味にこだわったからだ。

 

Photo

 台風でも倒れない支柱の立て方として前に紹介した(リンク)方法を更に進化させた方法で定植した。

 

 スコップで支柱の穴を掘って支柱を立てて倒れないようにし、それを合掌で組んでいた。今回は合掌はやめ、垂直に支柱を立てたのである。そうすることで上部でのスペースを大きく確保できるようになり、日当たり風通しがよくなり、病害虫の被害もすくなくなる。手入れや収穫もやりやすくなると考えたのである。これは支柱が倒れないことが前提であるから出来ることである。

 

Photo_2

 

 トマトはミニでも一本仕立て、ナスは3本仕立てを想定して植えつける。

 

最初は麻紐で苗を支えて、成長したら横の支柱でナスの誘因を兼ねて補強する。

 

 

Photo_3

 

 ひとつの技術的ブレークスルーが次の派生商品を生む製品開発と同じである。骨の髄から技術者の俺は楽しみでも改良、改善を繰り返してしまうのである。

 

 俺の開発した農業資材を買っていただいているから言うではないが、サカタのタネも品種に拘っているお客様用に野菜の苗販売をに力をいれたのは良いことだと思う。多くの品種から選べると更によくなるのだが。

 お陰様で果菜類が6月中旬から収穫が始まっている。次回から収穫した野菜を取り上げていく。

|

2015年10月31日 (土)

想い出の庭 「モネの庭」

 介護で疲れ切った妻を連れだして長女の住む浜松に行った。自動車開発技術者として働き始めた長女の生活環境を見るためでもある。宿は11年前の秋、花博で泊まった舘山寺温泉にした。

 

 浜松駅で長女と待ち合わせた。すぐに彼女の車で「さわやか」と言う地元では有名なハンバーグ屋さんに連れて行かれた。彼女は浜松で美味しいと言われる店を聞けば同期を引き連れて行く、グルメ部長なのである。翌日の夜は地元の人しか知らない「ウナギ屋」に予約をいれてくれた。

 

 次に自動車歴史館に訪れた。社長の居る本社社屋より、綺麗な歴史館であった。事業を展開するうえで地元の人に受け入れてもらうために建てたもので、全国的に有名にしない方針だそうである。この日も地元の小学校の生徒達を招待していた。ここは彼女の最終選考を行った場所であり、技術者としての登竜門でもあった。

 

 歴史館の裏手にある彼女の寮を通り過ぎ、自動車開発の技術者として必要な運転スキルを磨くため特訓をしている大駐車場にいくことにした。そこは11年前花博会場のため作られた駐車場の一つであった。そこに、車を駐車して公園を散策することにした。 

 

 コスモスが咲き乱れている運河沿いの道を歩いて行った。対岸では花と戯れる我子を写真に撮ろうとする若い母親がいた。でも、幼子が花を採ろうとするので、止めさせようとして写真を撮れない母親との、ほほ笑ましい光景を見た。

 

 気持ちのいい秋晴れ、時がゆっくり流れて行った。景色をよく見ると見覚えのある場所なのである。花博のキャラクターの看板を見つけ、本会場であると確信した。時が過去へ動き始めた。

 

Photo

 

 多くの庭は取り壊されていたが、ところどころ建物は残っていた。モネの家と庭がまだあるのではないかと、気持ちはざわめいた。このモネの家と庭に影響を受け、我が家は緑のモールを着け、モネ風の池と庭を作ったのである。日が落ちる前に先を急いだ。

 

 Photo_2
 家は取り壊されず美しい庭と共に維持されていた。11年前に訪れた時は多くの人と警備の人の声がうるさかった。今は訪れる人も少なく静寂に包まれていた。「想い出の庭」に思いがけず再会して感激した。小さかった娘達も成長して自分の進む道を見つけて、それぞれ歩みだした。

 

 名残欲しいが日が落ちぬ間に舘山寺温泉の「星野リゾート」の宿に向かった。長女のお世話になっている会社の先輩の義兄が支配人をしていると、その時知った。部屋と接客は素晴らしかった。残念だが食事はグルメ部長の選んだものの方が美味しかった。

 

 でも、お茶の宿として営まれているので、いろいろなお茶を堪能した。温泉に浸かって湯上りのお茶を飲んでいると懐かしい人に偶然あった。

 

Photo_2
 その人は15年ぐらい前、あるプロジェクトリーダーとして、2年ほど私の上司であった。そのプロジェクトは私の参加した多くのテーマで最も困難なものであった。社内事情で始まったものだった。

 

 その人は将来の地位を約束されていたが、誠実でやさしい人であった為に一技術者の道を選んだ。定年後も自分が育てた部下を助けて新プロジェクトを軌道に乗せ、静かに会社を去っていた。

 

 悠々自適の日々を過ごしているものと思っていたが、65歳を過ぎても働いていた。新しい会社の職場旅行で、この宿を訪れたのである。技術者として製品開発に携わることが幸せなのであろう。

 

Photo_3

 

 技術者として歩き始めた長女には、まだ製品化の苦しみや、その先にある喜びは分からない。失敗を恐れず日々励んでほしい。粘り強さが持ち味なのだから大丈夫だと思っている。

 

 思いがけないことが続いた旅であった。妻も少し心が落ち着いたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2015年8月 1日 (土)

ブログの登校日

  暑い日が続いている。庭仕事はやる気も起きず、水撒きと収穫だけである。俺は暇を見つけてはプールで泳いでいる。

 貧乏性の俺にとっては、この状態は精神上よくない。そこで登場を待ちわびている植物をネタに書こうと思っていた。しかしながら、三女にブログを休むと言った手前、書くのがはばかれていた。

 良いことを思いついたのである。夏休みには必ず登校日がある。ブログの投稿(登校日)ということでこの状態を抜け出そうと女房に独り言をいったようだ。

それを聞きつけた三女がこれを書いてよこした。

Photo


これで投稿日を使ってしまった。

皆様しばらくお待ちください。

-988

| | コメント (0)

2014年1月12日 (日)

2便でません

 高校生の三女は冬の福島で被災者向けの炊き出しのボランテイアをしている。その前夜からの出来事である。

 

 東京で集合して現地に向かうと言う。俺の冬山防寒着で荷物が多いので早朝駅まで送ることにした。普段は送り迎えを遠慮する彼女も素直に受け入れた。

 

 それを聞いた長女が便乗すると言ってきた。駅まで歩いても15分程度だが卒研の実験に追われているので体力温存らしい。

 

 遅くに大学から帰ってきた次女はその話を聞きつけ、「その時間は早すぎるから私は2便にするよ」と俺に言ってきた。

 

  「2便があるのなら私も乗る」とチャッカリしている次女をたしなめながら長女が続けた。俺は揺るぎない決意で「2便はないよ」と言い放った。

 

 決意の固い俺を見た次女は「朝起きれれば、今回は1便で行くよ」。

 

 翌朝、三人を乗せて駅のロータリーで下した俺は、駅に吸い込まれていく彼女達を見ていたら、皆一緒にいられるのも後、少ししかないという感傷に陥った。

 

  4月には長女は就職で他県へ、次女は本格的な勉強のため大学の近くに移る。高校2年生の三女も東京の大学を目指すと決めている。

 

 感傷に耽るまもなく、俺は今日の次女の成人式では3便、4便を勤めている。

 

 いつも彼女の言葉の巧みさに俺は操られている。

 

その資質を見て、他の姉妹とは違い文系の道を進めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年2月 3日 (日)

花壇で育てる「ガーデンレタス」

自宅で家庭菜園をやるようになって困ったことが起きている。

農園とは違いスペースが少ないので作り込んでいた苗を減らせねばならず、俺は迷ってしまったのである。昨年の晩秋のことである。

 メインガーデンから家庭菜園スペースをつなぐ、花壇が空いているのが目についた。そこに葉色が美しい「ガーデンレタス」を栽培すればガーデンの体裁も崩さず樹木やクリスマスローズと調和がとれると思ったのである。春はガーデンレタスを収穫してバジルやシソのハーブ類に変えればキッチンガーデンスペースになる。

 

B_12

 

一昨日、デッキで洗濯物を干す女房が、また猫に糞をされたと言ってきた。引っ越して来た時から近くの飼い猫数匹が俺の大切なガーデンをトイレがわりにしていたのだ。

 

猫はきれい好きで、自分の家の周りでは糞をせず離れた土にするのである。猫よけの顆粒をまいて対策をしていたが効果が切れたようである。

 

始末するため見たところ猫ではなく、この頃頻繁に訪れるムクドリの糞であった。鳥の糞なので大目に見ることにした。ところが、奴らは俺の大切な「ガーデンレタス」を食べにきていたのが判明したのである。

 

B_17

 

農園ではガーデンレタスに「べた掛け不織布」を被せ、防鳥していた。同じようにれば収穫は出来る。

でも、それでは葉色が見えず、美しくないのである。

 

ブルベリーの時と同じように、俺の中でガーデナーと農夫の争いが起きている。

 

どうしたものか。

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年12月31日 (月)

花のコーデイネーター 「エクステリア編」

何事においても時期というものがあり、そのタイミングを間違えると、その効果は無に帰す。

 

 まだ、バラ「アイスバーグ」が数輪花をつけている。でも、花を惜しんでいるときではない。花や葉を落とし、オベリスクに枝を誘引する時期がきているのだ。寒さでジューンベリーは葉を落とし、ハクロニシキの葉も丸まった。

 

ようやく骨格が出来た2年目の冬の庭である。緑が少ない季節でも落ち着いた印象を保っているのは「アーバンエクステリア」のガーデナーIさんと職人さん達のお陰でもある。

 

エクステリアは外と内部を繋ぐものだけではなく、家の印象や住心地まで左右する重要なものである。でも土地、建物であらかたの予算を使ってしまった施主としては出来るだけ出費を抑えたいところでもある。少々腕に覚えのある俺としては足の不自由な義父が使う玄関に続く、スロープは致し方がないが、後は自分でなんとかしようと思っていた。

 

「土留め工事は最小限にする」

 

「塀は自分で作る」

 

「建物と違い外構は自分でも作れる」

 

 「・・・・等・・・等」

 

これは工務店「As Well」のMさんから「アーバンエクステリア」Iさんを紹介された2年近く前の打ち合わせの出来事である。眼鏡のなかから覗く、はにかんだ笑顔が素敵な女性であったが初対面から俺はかなり厳しいことを彼女に投げかけたのである。

 

 「土地が有効に使えませんよ」

 

 「何があっても倒れないように作るのがプロ」

 

この言葉を聞き、自分達が手掛けるものに自信と誇りを持っているのが分かり、俺の希望を入れながら設計と施工をお願いした。でも、建物もないところではイメージがつかめないので3回に分けて工事を頼んだのであった。

 

その間、何度か新築の家に来て、プランを練ってもらった。彼女と草花や樹木の話をするのは楽しいひとときでもあった。大通りに面したメッシュフェンスにつるバラを這わせ渋滞を起こすなどとも彼女に言った。俺のように彼女の父上も植物が好きだということを何度となく聞いた。

 

今年の晩春、全エクステリア工事は終了し、俺は念願の庭造りに励んでいった。悩みに悩んで買い集めた草花、樹木を植え付けていったのだ。アプローチ沿いの花壇はレンガの合わせ方も個性的で草花、樹木を引き立て訪れる人々を魅了している。

 

12月初旬、「アーバンエクステリア」から点検にくるというハガキが届いた。その時、実家の都合で彼女が11月に退職し、故郷に帰ったことを知ったのである。

 

代わりに点検に来た人から、彼女の実家は江戸時代から続く家業を営んでいる実業家で、その令嬢であることを知ったのだ。

 

今後、彼女が家業と、どの様に関わっていくかは俺に知る由もない。

 

B

 

「家編」に登場していただいた「As Well」のMさんも12月に退職をした。

 

 

昔から感じていたことだが男性に比べ女性は早い段階で大きな決断を下さなければならないことが多い。彼女らが今後どんな人生を歩んでいくかは分からない。

 

でも、この地を去っても全身全霊を込めて成し遂げた仕事は末永く住人と共に生き続けることだけは分かっている。

 

ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月17日 (月)

カボチャ「栗坊」の収穫

カボチャ「栗坊」を収穫した。小さいカボチャなので栽培は地面に這わせずにフェンスにからませた。

 

B1_003
自宅の庭で栽培するようになったので朝、雌花に雄花をつけて受粉させたのが写真のものである。受粉させたのはこの一つだけ。

今までは借りている畑に午後から行ったのでそれもできなかった。でも、そんなことをしなくとも実はなった。今回もいくつもの実がなっている。

 

B2_006
二つ収穫した。栗坊は栽培スペースも取らず食べきりサイズなので大玉の雪化粧を止めて栽培するようになった。長なす「飛天長」と比べると小ささが分かる。

 

 

B3_001_2
まだ、花が沢山咲いているのでまだまだ、カボチャが出来ると思ったがよく見ると雄花ばかりで雌花がない。これでは実が出来ない。

なんとなく今の世相を表しているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月16日 (月)

「パンダの赤ちゃん」と「大津中いじめ」

ニュースに取り上げられるものは、不慮の事故もあるが起こるべきして起こった悲しい愚かな出来事もある。

 

 「パンダの赤ちゃん」と「大津中いじめ」の責任者のインタビューを続けて見ていると奇異な感じに襲われる。上野動物園の園長と大津中学校の校長の答弁である。

 

 パンダの赤ちゃん誕生は上野動物園関係者の長年の悲願であった。生まれても育つ確率は30%と言われている。彼らは24時間体制で臨んだが生後7日で死んだ。園長も獣医も涙ながらに「パンダの赤ちゃん」の命を守れなかった無念さが伝わる会見であった。万全を期しても自身の至らなさを悔やんでいるのだろう。

 

 一方、大津中の校長と市教育長の答弁は終始弁明に明け暮れた会見である。イジメと自殺の因果関係は、これから捜査が進めば明らかになる。でも、少なくとも自分の教え子が自ら命を絶った痛ましい事件である。教育者であるはずなのに無念さを微塵も見せない守りの答弁である。

 

いったい、何を守ろうとしたのだろう。

 

・・・・・。

 

もし、自分の地位を守ろうとして逃げ続けているなら、

 

全てを失うだろう。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧