モロヘイヤ

2008年9月12日 (金)

オクラとモロヘイヤ・・・第37話

数年前の秋の終わりに、花博にいった。そこでハイビスカスのレモン色の大きな花に魅せられた長女に栽培をせがまれた。

 

その頃はガデーニングよりも家庭菜園に夢中だったのでハイビスカスの栽培は、気乗りはしなかった。同じアオイ科のオクラの花を畑で見ればよいと言ってごまかしてやり過ごしたのだが、亜熱帯のハイビスカスがこの時期まで咲き誇っていることを奇異に感じた。改めて温暖化がここまで進んでいたのかとの認識を深めた。

 

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そのオクラだが、レモン色の大きな花をつけるとすぐに実に変わる。実の成長があまりにも早いので、つい取り遅れ、魔女の爪のようにさせてしまう。そうすると硬くなって食べられない。だから畑に行くと必ず小さな実でも全て収穫するようにしている。

 

それでも収穫遅れが出る。で、1回の収量が少なくなるオクラは他の果菜類とは違い10本以上は栽培するようにしている。収穫専門のプロがいると聞くがなるほどと思うしだいだ。

 

こうやって淡々とオクラの収穫のポイントを話しているがご多分に漏れずオクラ栽培も最初は上手くいかなかった。

 

転勤で内房に引っ越してきて家庭菜園を始める前に、社宅の花壇でオクラ栽培を始めた。オクラは花も綺麗で実も好きだったので花壇があったらぜひ、育てたい植物だった。同じくオクラ好きの次女に200本は収穫できると豪語して始めたわけだが結局2本収穫しただけだった。

 

1袋蒔いたタネは大方、鳥に食べられ、発芽した芽はダンゴ虫達の餌食になり、土の改良も施していない、日当たりの悪い、花壇で唯一生き残った1株は全力を尽くして2本結実した。収穫はそれだけだった。

 

これを次女と分け合って食べた。いまだに、オクラの季節になると彼女に2本しか出来なかったことを言われる。

 

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その後、農園が借りられるようになりオクラを本格的に栽培をした。タネ播き後、畝に不織布で被い鳥対策とした。

 

経験の浅かった俺は、当時は苗数も少なめで、収穫しながら下葉を刈りとる栽培法を知らなかった。結果まともに食べられるオクラは20本程度にとどまった。いつの間にか公約になってしまった本数には遠く及ばないしまつだ。

 

 でも、そんな俺を救ったのはエジプト生まれの緑黄色野菜モロヘイヤだった。モロヘイヤという名はアラビア語で「王様の野菜」という意味でクレオパトラも常食したと言われたものだ。いわゆる美人の素だ。ヌメッとした感じがオクラに似ている。醤油をかけてご飯にのせるとオクラのようなのだ。

 

 秋になると出来る果実は毒性があるので食べられない。だが、そこがまたいい。料理はつくれなくとも物語は作れる。

 

「王家の紋章」の歴史漫画に興味を持ていた娘達にとって、毒を持つ王様の野菜は古代の恋とロマンとそれに陰謀を思い馳せさせる。オクラから注意をそらせるには、それで十分だった。

 

その間、俺は五角形オクラから丸型の島オクラ(沖縄)に品種を代え、いつの間にかに食べきれないほど収穫できるようになった。

 

年によっては株の背丈も2mも超え、梯子をだして収穫するまでになっていたのだ。

 

一方、モロヘイヤは料理の下準備に手間がかかり、女房と一緒に葉っぱを摘む作業も田舎暮らしの楽しみと最初は言っていたが今は地域のボランテイア活動で忙しくなり、それも出来なくなった。まあ、オクラが沢山できるので栽培を3年前に止めた。

 

オクラは今年もまだ、収穫が続いている。年々オクラの栽培が容易で長く収穫できるようになっていく感じがする。これは夏野菜全般に通じることなのだが。

 

もしかしたら、これは喜ぶことではなく、憂ことかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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