2009年10月31日 (土)

「ウコン」の栽培と収穫始める

しみじみと秋野菜の収穫の様子を綴ってきたが、野菜以外にも収穫したものがある。

それは薬だ。

といっても今、世間を騒がせている怪しげなものではない。漢方薬にも使われている「ウコン」。

 実は数年前から朝起きると頭が痛く、気持ちが悪くなったりする。ありていに言えば二日酔い。そうめっぽう酒が弱くなったのだ。

二日酔いには「ウコンの力」が効くと聞き、試したところ、効果てき面であったので女房が常備してくれるようになった。飲み会があると、「ウコンの力」を先ず飲み、それから酒を飲み、最後の閉めは「ウコンの力」というようにもなった。

飲み会が続くと常備品もなくなり、帰りにコンビで買って帰ったりもした。悲しいかな面倒な思いをしてまでも「ウコンの力」が必要な体になってしまったのである。ある時、会社にも常備されていることに気づいた。売店に山のように置いてあるのを見つけ、それからというもの、そこで購入するようになった。皆似たようなものらしくよく売れているようだ。

たびたび買いに行くので『これよく効きますよと』。と、無愛想な売店のオバちゃんが親しげに話しかけてきた。買い続けていると『また飲み会ですか』と言われるようで何だかバツが悪い。でも、もう飲み会の後で買いに行くのも面倒だし。

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どうしたものかと考えていたらサカタのタネの「家庭園芸」のカタログにウコンの球根が売られているのを思い出した。自分でウコンを作れば買いに行く必要もなくなり急な飲み会にも対処できる。それに経済的でもある。

ウコンは3品種の球根が売られている。「ウコンの力」で使われている、最も苦味の少ない「秋ウコン」を購入した。

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5月中旬、球根と栽培法の書かれた説明書が送られてきた。

ウコンは高温多湿で大型植物とある。栽培法は里芋と同じと見た。そこでブログにしている「里芋の栽培ポイント」と同じように栽培した。但し、寒さに弱いようなので畑で保存は出来ない。

届いた翌週、球根300gから8株分植え付けた。梅雨時にグングン葉が大きくなった。夏場は乾燥に弱いので刈り取った雑草をマルチにしたが隣に植え付けていたサツマイモのツルが伸びてきてウコンを被い乾燥防止にも役立った。

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 9月の下旬、洋ランのような白い花が咲いた。

ウコンの収穫は茎が黄変してくる10月~11月頃、霜が降りだす前に地上部を地際で全て切とり根茎を掘り出すとある。

一株、先週末掘り出してみた。重さ測ったところ根茎が600gあった。約15倍に増えたことになる。

さて、どうやって摂取するか。利用法はミキサーで粉末にしてカレーや味噌汁などに加えるのも良いらしい。すりおろして水やお湯に溶かすもよし、牛乳や蜂蜜で溶かすと飲みやすいともある。

ホワイトリカーとウコン、好みによって砂糖をいれて食前酒もいいらしい。

あれ。

これは止めておこう。

ウコンはショウガ科なので女房の冷え性に効く。夫婦で摂取しようと思っている。

夫が妻に勧めるものがウコンなら問題はあるまい。

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2009年10月17日 (土)

初モノ里芋と秋冬野菜の収穫

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急に寒くなり、夕食は温かいものを食べようとなった。

いよいよ里芋の出番である。畑に行き、大きな葉っぱの周辺をスコップで掘り、芋を収穫する。今年も上々の出来だ。

九条ネギ、ゴボウも収穫した。これらは春先から栽培している秋冬野菜。まだ、小さいが盆過ぎにタネを播いたダイコンも収穫した。それとホウレン草。

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昼、女房が作った大学イモが大人気であったので、この勢いに乗じて今週もサツマイモを収穫した。

初モノの秋冬野菜を使った夕食のケンチン汁も好評であった。

さて、一緒に収穫した夏野菜 ナス、ピーマン、オクラ、トマトは、今後どうなるのだろうか。

去り行くものに美学を感じてしまう。

秋だ。

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2009年10月12日 (月)

「べにあずま」と「鳴門金時」の収穫と「オイモパン」

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実りの秋である。

俺の畑では秋ナス、秋ピーマン、秋トマト、秋オクラ、の収穫が始まっている。家族には、こじつけてこう言っているが素が夏野菜なのでどうも説得力がない。

 で、本物の実りの秋を味わいたくて、晩春、このブログで報告したサツマイモの収穫を9月末より始めた。

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グリーンマルチをしたお陰か、それとも農家から購入した「さし穂」が良かったのか。何もせずに大きなイモが収穫できた。細いのが「べにあずま」太いのが「鳴門金時」である。各々1株から収穫である。また、今日も同じ株数を収穫した。今度はバケツ一杯分あった。

こんなに収穫できると6年前と同じように飽きられて、来シーズンは栽培中止なると予想している諸兄もいらっしゃる事だろう。でも、今回は大丈夫なのだ。

「焼きイモ」を食べた家族には大好評で、イモ好きの長女の提案で「大学イモ」、「スィートポテト」にすることになっている。それと今回の目的「さつまいもパン」もある。

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早々に「オイモパン」を女房と末娘が作ってくれた。

「鳴門金時」で作ったパンは美味しく、すぐになくなっていった。でも『これは試作品』とパン職人達が言っていた。

秋も深まり、寒くなるにつれサツマイモも甘さを増す。パンも改良され更に美味しくなるだろう。

サツマイモは本当に何にもしなくともドンドン収穫できる。日本を襲った幾たびの飢饉を凌いだと言う歴史にも納得がいく。

世界的な食料危機が起きても、サツマイモがあれば食料需給率の低い日本でも、持ちこたえられると言われている。

歴史は繰り返される。

サツマイモが主食になる日。 

これは恐ろしい近未来予想だ。

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2009年10月 3日 (土)

ホウレン草、カブ、チンゲンサイ、ハツカダイコンのタネ播き

秋も深まってきた10月。秋冬野菜の栽培も後半戦になる。白菜、ブロッコリー、キャベツ、ダイコンなどの大型野菜からホウレン草、カブ、チンゲンサイ、ハツカダイコン等の小型野菜に移っていく。

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これらの小型野菜は栽培が簡単で生育が早く、必要な時に収穫できる便利な野菜だ。栽培法もほぼ同じである。

苦度石灰で中和し、化成肥料か鶏糞を混ぜ込んだ畑に適当な幅の畝を作ればよい。酸性土壌が苦手なホウレン草には少し多めに苦度石灰を施している。準備はこれで終わりである。小型なので隙間スペースがあれば十分に育つ野菜たちだ。ベランダ菜園でも無理なく育てられる野菜でもある。

生育期間が短いので畝に直接、タネをスジ蒔きする。ワザワザ苗を作る必要もない。それと無農薬が基本だ。だから虫の活動も収まる9月下旬から10上旬になると、本格的にタネを播始める。

タネ播きは2週間~4週間の間隔を取って2度、3度と分けて11月末まで播くと春まで収穫が楽しめる。同じ日にホウレン草、チンゲンサイ、カブ、ハツカダイコン、小松菜を播けば手間もかからない。ホウレン草は虫にも寒さにも強いので他の野菜に比べてタネ播きの時期が長く盆から12月上旬まで行っている。

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このホウレン草は、今シーズンは2種類タネを用意した。サラダにしても美味しい「ディンプル」と寒くなると真価を発揮する「ガッツ」。「ディンプル」は前半、「ガッツ」は後半播きにする。写真は盆播きした「ディンプル」である。後ろは同じ日にタネ播きしたタマネギである(育苗中)。

9月27日にカブ、チンゲンサイ、ハツカダイコンと2回目のホウレン草を播いた。ひとつの畝に4種類の野菜のタネをスジ播きした。そこに、ベタ掛け不織布して、水分の蒸発と虫よけ、保温による栽培促進をしている。

カブの品種は中カブ「玉波」我が家の定番カブだ。寒さにあたると美味しい。家庭菜園ではカブは葉っぱまで食べられる。

チンゲンサイは料理に便利なミニを栽培している。今シーズンは「シャオパオ」を試す。でも、ミニを栽培していても秋冬野菜の収穫が本格化する11月後半には食べ遅れ、大物チンゲンサイになってしまう。この栽培の中に小松菜も加えていないのも食べきれないからだ。

ハツカダイコンは知事選挙の不在者投票に行ったときに妻がタネを貰った。今回はオマケで栽培した。

これらの野菜はどれも小型だが秋冬栽培には真価を発揮する。

存在感のある野菜だと思っている。

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2009年9月25日 (金)

白菜のタネ播きと定植

紅葉が見たくて岩手山から八幡平に向かう山旅を楽しんだ。

このコースの中間にある三石山は地元では有名な紅葉の山であり、盛りを迎えていた。見ごろは2週間と短くその時期を逃すと来年まで待たなければならない。

 山から帰ってきた翌日、早々に白菜の苗を定植した。白菜もまた時期が大切な野菜であるからである。

 盆過ぎからタネを蒔き始め、9月上旬にはタネ播きの適期は終わる。定植は9月中旬から10月上旬までには終えなければならない。早過ぎれば病害虫にやられ、大方は失敗に終わる。遅過ぎると気温がさがり、成長が阻害されて巻かない白菜ばかりになる。

他の野菜は少々遅かろうが早かろうが大して支障がないが白菜だけはそうはそうはいかない。だから、秋冬野菜は白菜を先ず考えて行動している。

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白菜は3品種栽培している。タネ蒔き後、約65日(2kg)から収穫でき、約100日(4~5kg)までいつでも収穫できる「富み風」。

これは02年から使い続け、今シーズンでタネが終わった。発芽率も特に落ちずに長い間楽しませてくれた。それを盆にタネを蒔いた。

 タケノコ型白菜「緑搭紹菜」と大きく育つ「豊風」を、9月上旬にタネを蒔いた。前者は中早生種でタネ播きから80日で収穫でき3.2kgなる。後者は晩生種でタネまき後95~100日、4~4.5kgになる。両者共に03年からタネを使っている。まだ、数年は、タネは持ちそうである。

白菜は畑で貯蔵は出来るが、生育期間の違う品種を育てると長い間食べることができるし、それぞれの持ち味を生かせる料理も楽しめる。

090924_017 石灰、鶏糞を混ぜ、120幅の黒マルチを施した畝に50cm間隔に苗を定植して2列植えにした。幼苗の時に虫にやられると満足な白菜ができないので移行浸透性殺虫剤を混ぜ込んで合わせて苗を22株植えつけた。そこに、240cmのトンネル用支柱に防虫と保温を兼ねてネットをする。肥料に持続効果の高い鶏糞を用いているので追肥はしない。

白菜のタネ播きは今からでは遅い。これから白菜を栽培する人はHCで苗を手にいれるといい。そして来シーズンは品種に拘ったタネ播きを勧める。タネは前項のように冷蔵庫で保存すれば何年も持つ。

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それと、マルチとネットは生育遅れを是正するので、毎年、白菜が巻かない人にははお勧めである。余った苗は、取っておき活着状態を確認してから処分している。ずぼらに見えても大事なところは用心深いのである。

白菜は時期を逸したら、満足な収穫できない野菜である。

ぐずぐずはしていられない。

待った無しだ。

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2009年9月 5日 (土)

秋野菜ピーマンの収穫

スイカを暑い時に収穫して喜ばれた夏。キュウリをたくさん栽培し、飽きられた夏。今年もいろいろな夏が訪れ、去っていった。

季節は夏から秋へと移っていく。

バジルもニラも白い花を咲かせ。アスパラガスは赤い実をつけた。

もうすぐ赤とんぼがやって来る。

小さい秋が始まっている。

準備も秋へと移っていく。

白菜のタネを蒔いた。ダイコンのタネも蒔き始めた。夏の間にタネ播きしたブロコリーの苗を植えつける。  … …。

なのに、夏野菜ピーマンの収穫が始まっている。ピーマンは栽培の教科書では代表的な夏野菜とされている。しかし夏の盛りにはさっぱり実がならない。他の夏野菜に飽きた家族から『ピーマンは?』とせがまれ、脇芽を摘み、日当たり、風通しを良くして養分の分散を防いでいっても実は一向に増えない。

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そうこうしているうちに盆過ぎから急に実が出来始め、秋の深まりと共に収穫量がドンと増えていく。おまけにピーマンは紅葉までする。だから俺は、だれが何と言おうともピーマンは秋野菜だと思っている。

家族が待ちに待った秋野菜ピーマンの収穫が始まり、温かく迎えられている。でも、俺は分かっているのだ。秋の深まりと共にピーマンは飽きられ、今度はキュウリが恋しがられると。

人気は長くは続かない。

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2009年8月23日 (日)

トマトの「挿し芽栽培」…53話

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春に定植した大玉トマト「麗夏」が最後の収穫を迎えている。例年ならこれで終わりだが今年は違うのである。挿し芽から得た苗の収穫がこれから新たに始まるのだ。

 大玉トマトは家庭菜園では高難度の野菜で、雨よけなど手間暇をかけるが上手くいかないのが多くの人の現状ではないだろうか。だが、俺は得意中の得意野菜でここ数年失敗したことがない。前にその栽培のポイントをブログにもした。

だから、今シーズンはミニトマト「イエローアイコ」も栽培に加えたので自信のある大玉トマト「麗夏」の追加タネ播きはせず、4株と少なめ抑えた。5月上旬苗を定植し、活着後風除けを外し、本支柱に固定した。ところが、春の嵐が来て、1本株もとから切れてしまい、残り3株になってしまったのだ。

実は支柱の固定に麻紐を使わず、裁縫用の紐を使ったのが原因なのだ。ブログでは麻紐を使えと人に言っておいて、俺はしなかった。魔が差したというか手を抜いたと言うか、義理で仕方がなかったというか… …。

女房のお袋さん。つまり俺の義理の母は裁縫が上手で、娘達の、ピアノ発表会用の洋服も作ってくれたりもする。そのお袋さんが、値段が高かったので捨てられないと言う友人から金属をコーティングしたようなキラキラ紐を押し付けられた。その紐は趣味に合わず、女房のもとに渡り、『畑で使える?』ということで俺のもとへと流れてきた。

たまたま、麻紐を切らしていたので、トマトの固定紐に使った。硬い鋭利な刃物のような紐でトマトの茎を固定したので風の力で無残なことになった。考えてみれば当然の結果だ。

いつもなら大玉トマトは10株以上栽培しているが今回は4株。そのうち1株がダメとなれば、これはマズイ。何とかしなければと思案に暮れていたら、トマトで挿し芽栽培することを思いついた。

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5月下旬、旺盛な脇芽を作り出す、生き残り株からさし穂をもらい、発根剤も浸けずにプランターに挿した。全部発根し、12株を6月下旬には定植できた。

タネからだと苗を作るのは時間がかかるのに、挿し芽栽培は早く苗が出来る。それも時期をずらして収穫できる利点まで生まれた。

これぞ、「災い転じて福となす」である。

夏の終わりに新たなトマトの収穫が始まる。

この国も夏の終わりが新たな再生の始まりであって欲しいと願ってやまない。

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2009年8月15日 (土)

「イエローアイコ」と登山(和賀岳、鳥海山)…52話

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品種にこだわって家庭菜園をしていると、このブログで公言してきた。でも、ここ数年はあまり新しい品種を試していない。

昨シーズンミニトマト「アイコ」の新品種「イエローアイコ」がタネから売り出されたとき触手が動いたが諸事情で諦めた。今年こそはと栽培した。

「イエローアイコ」のキャッチコピーはマンゴー味である。3月上旬大玉トマト「麗夏」と「アイコ」とこの「イエローアイコ」のタネを平鉢に蒔いた。「イエローアイコ」は他のヤツらより早く芽を出した。さすが今シーズンの主役。満を持しての登場と俺は喜んだ。

4月下旬、他のトマトと一緒に「イエローアイコ」の苗を畑に植え付けた。栽培は前にブログにしている「アイコ栽培ポイント」とほぼ同じだ。

7月上旬、これも他のトマトに先駆けて黄色く色づき、収穫を開始した。変化の激しい時代 スピードも大事だ。それにマンゴー味と言うのがいい。このタネが売りだされたのは 芸人出身の知事が「マンゴー」を宣伝する前だった。

「サカタのタネ」の先見の明に感心し、俺はこのタネ屋の極小株主にもなっていた。

早々にマンゴー色に色づいた「イエローアイコ」を収穫して家族と食べて感想を聞いた。『マンゴー食べたことがないので分からない』と本物の高価なマンゴーを買ってくれと言わんばかりの家族に『これがマンゴー味だよ』と俺は言ってその場を収めた。

ところが、数日後、ガス屋主催の料理教室でマンゴーを女房が食べてきた。

『本物のマンゴーは美味しかった。 あれはマンゴーじゃないわね』と台所の片隅に置かれた「イエローアイコ」を見て自慢された。それを聞いた末娘も本物のマンゴー食べたいとホザイタ。

その翌日夜、帰宅すると『マンゴー美味しかった。 「イエローアイコ」はトマトだよ』と末娘に言われた。

不思議に思っている俺に、マンゴー入りのプリンをスーパーで見つけ買って、食べたことを女房が教えてくれた。

「イエローアイコ」の不人気に株主として、一抹の不安を感じた俺は山に持って行くことを決めた。「アイコ」信者になった山仲間の三太郎ならこのよさを分かってもらえると思ったのだ。

奥羽山脈最後の仙境と言われている「和賀岳」と山容秀麗な「鳥海山」を「イエローアイコ」と共に目指すことにした。

三太郎が和賀岳には巨木の森があることを知り、鳥海山と合わせて登ることになった山である。

甘露水登山口から頂上をピストンで登る計画だ。朝の日を浴びながら和賀岳頂上を目指して登りはじめた。ミズナラ、ホウノキ、トチノキから、ブナの森へと落葉樹の巨木群が続いた。木の大きさに圧倒された。三太郎と落葉樹と針葉樹の成長戦略の違いについての「うんちく」を語りながら高度を稼いだ。

最後の水場 滝倉の沢で用意していた「イエローアイコ」をリックから取り出し、「マンゴーアイコ」と言って三太郎に食べさせた。

『マンゴー食べたことがないので分からない』と賞賛を求める俺に家族と同じ返答だった。食べ比べてもらうために「アイコ」も渡したところ、「こちらも皮が硬い」と言われてしまった。

三太郎は盲目的「アイコ」信者であったはずであったが?

実は昨年の秋、北アルプスに行ったときに食べた「アイコ」が美味しくなく、洗脳が覚め始めていたのかもしれないと思った。

『昨年は低温で、今年は雨続きで、美味しくないのだ』と原産地の説明も加えて冷徹な批評家に論理的に俺は言い訳した。

まあ、どんなに相手が俺の論に納得しても、ここでは味は変らない。そこで、「イエローアイコ」が美味しくなるチャンスを待つことにしたところ、きれいな沢に住む虫が集まってきた。アブである。何故か俺ばかりを狙う。俺は三太郎をおいて駆け足でその場を逃げ出した。

いくら逃げても追いかけてくる。森を抜けて稜線の草原に広がるお花畑の途中で振り切った。

いつの間にか薬師岳山頂まで達した俺は高山植物を愛でてゆっくり登る三太郎を待つことにした。

足元が痒い。アブに刺されていた。それで味をしめたアブに俺だけ狙われたのだ。薬師岳で、また「イエローアイコ」を三太郎と食べた。

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小杉山、小鷲倉の鞍部とお花畑の稜線を経て和賀岳頂上に到達した。頂上は高山蝶とトンボが群がる花の楽園であった。そこで「イエローアイコ」を三太郎と食べた。

山に登った8月上旬は、日本中荒れていた。俺達のいる秋田地方だけ雨が降っていなかった。雲行きが怪しくなってきたので頂上を後に、来た道を引き返すことにした。

晴天ではなかったが蒸し暑さもあり、俺達は用意してきた水筒のスポーツドリンクの水を飲み続けた。俺より水の消費量の多い三太郎は僅かの水を残すのみとなった。滝倉の沢までは、1時間以上もある。

俺は小杉山で最後の「イエロアイコ」4粒を取り出し、全て三太郎に差し出した。『美味しい… …』という言葉を聞いた。「イエローアイコ」が「マンゴーアイコ」に変った瞬間だった。

薬師岳から水場を目指して下っていったところアブが迎えてくれた。アブはきれいな沢で生まれ育ち、住み、水を求めてやってくる動物を狙う。『「職住接近」という我々日本人とは違う人間的な生活を送っている』と水場が近くなった嬉しさからアブを称えるような話をした。

状況が変れば評価も変る。現金なものだ。

我々、人間は。

甘露水登山口で迎えに来た車で宿に戻った。その後、雨が降り、翌日も雨が降っていた。秋田から山形県境にある鳥海山に向かった。

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登山口の鉾立てに着くと完全に雨があがり、翌日にはご来光を眺め、頂上を極めた。岩と雪渓のある花の鳥海山を十分に楽しんで、滝の湯に向かって下山した。その翌日帰路についた。

家に着くと新たに生協で注文したマンゴープリンを食べながら末娘が笑顔で迎えてくれた。俺も一緒にそれを食べた。

後日、三太郎家に夏野菜を送った。御礼のメールに『マンゴー … 』とあった。

我々は自分の都合のいいように物事を考える。

自分の判断と知識と労働によって

美味しい野菜が出来た。

山の頂上を極めた。

それを自分の、当然の努力の成果とする。

でも、本当は、たまたま運がよかっただけなのかもしれない。

天候に恵まれたという。

謙虚に生きなければ。

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2009年8月 6日 (木)

スイカの収穫と泥棒…51話

スイカの栽培ポイント(ゴザエモン流)で取り上げたスイカが雨にも負けず、カラスにも取られず収穫の適期を迎えている。ところがまた、新たな魔の手がスイカに迫っていた。

実は「雑草」をブログにした後、体調を崩した。このところ出張もなかったので、早く帰る日は、夏山に行くトレニングを兼ねて暗くなるまで草むしりに励んでいた。お陰で畑はきれいになったものの、休み無しの俺の体はボロボロになった。もう、無理は効かない体に「草刈機」は必需品と女房に説得されて購入した。

体調が回復した先々週の日曜日、はびこりだした草どもを退治しに畑に行った。きれいになった畑を夕暮れ見回して文明の利器は体に優しいと、満足感に浸った。

ところが何か変なのだ。あるべきものがないのだ。小屋の屋根の修理やオクラの収穫に使うアルミの脚立が無くなっていることに気がついた。

俺の畑は一番奥にあり、後ろは農家の畑で皆の畑の前を通って脚立を持ち出して帰ることになる。キャベツ「みさき」で登場していただいたJさんが数年前ダイコンを盗まれたと大騒ぎしたことをその時思い出した。

信じがたかったが噂ではTさんもスイカを盗まれたと聞いた。スイカなら数が少ないので無くなればすぐに分かる。で、その話は信じることにした。

誰もいない皆の畑を見て回ったが脚立はなかった。どっと疲れが出って家に帰った。家に着くと、草刈機と一緒に買った未使用の10年持つといわれたスコップを外に置いたままであること思い出した。

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翌日、また会社の帰りに畑に寄ったところ引退したJさんが畑に一人でいた。スイカの状態を見ていたのだ。俺はトンネル寒冷沙でカラス対策をしているがJさんはスイカの上に偽カラスを吊るしてカラスを脅して近づかれないようにしていた。

脚立を盗まれた話をした。最初は一緒に怒ってくれたがいつの間にかスイカの心配に移っていき収穫時期を聞いてきた。

『受粉から小玉スイカは30日、大玉スイカは約45日で収穫するのがベストだと言われている。』と教えた。

『小玉スイカだが受粉時期は分からない。』他に判断する方法はないのかと言われたので音で判断すると教えた。スイカを見てくれというので叩いたが俺には分からなかった。

俺も受粉は虫たちに任せているので日数からは正確には分からない。ピアノを習わせた子供たちに音でスイカの収穫を判断させていた。でも近年付き合いが悪くなり、今年からは俺が決めなければならない。

『カラスはごまかせたのに頭の黒いヤツは騙されない』と偽カラスを見つめてJさんは嘆いた。Jさんには孫がたくさんいて、少子高齢化などこの一族に関係ないのである。

『スイカの一つ一つに孫達の名前書いておく』とJさんのつぶやきを聞いて俺は家に帰った。

先週の金曜日、会社帰りに山に持って行く「アイコ」を収穫しに畑に寄った。Jさんのスイカが気になり見たところ、不気味な偽カラスの下で無事なようであった。安心した。

山に行けば当分畑に行けないので、ついでに俺のスイカも確認した。

『ん… … スイカがない?』

いくら世知辛い世の中だといってもスイカまで盗むことはないではないか。

焦った俺は寒冷沙の中を手探りした。何か大きなものが手に触れた。

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安堵が広がった。俺の栽培しているスイカは「タヒチ」という黒の大玉スイカで、夕暮れであったので分からなかっただけであった。

山から帰った翌日、スイカを収穫に行った。もう45日は過ぎたと思ったのだ。二つ収穫して帰った。

今年は早い時期に発芽に成功したのでお盆前に家族で甘いスイカが食べられた。

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でも脚立は戻ってこない。

盗んだヤツは心が無いのだろう。

かわいそうに。

この頃、かわいそうなヤツラが増えたようだ。

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